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第4話 見習い魔女の懐事情

Author: 173号機
last update Huling Na-update: 2025-03-16 23:04:02

 旧水底駅から帰宅すると、ずっと退屈していたシラーとベリーは森へ遊びに行ってしまった。けれど、私は眠たすぎて即バタン。目が覚めると夕方の五時だった。

 枕元に置かれた、母の字で書かれたお疲れ様と父の字で書かれた頑張れが泣ける小さな二つの封筒が目に入る。

 感謝の祈りを捧げ、私から俺に戻りシャワーを浴びて色々な物を洗い流す。両親は出かけているようで、家の中は薄暗い。

 自室に戻る途中、少し寄り道をした。玄関にだ。首からタオルをかけてパンツ一丁のまま姿見の前に立つ。

「ふっ……」

 いくつかポーズを取ってみたら自然と笑みがこぼれた。

「ふんふふ~ん♪」

 鼻歌を歌いながら自室へ戻り、ベッドにどかっと腰を下ろす。そして、そうでもない上原さんにもらった紙袋を手繰り寄せた。

 お待ちかねのギャラ確認。

 ギャ~ラ確認、あそ~れギャ~ラ確認っと。妙なテンションなのは睡眠時間が短いからだろう。

 俺はそのまま頭の中でギャラ音頭を奏でつつ紙袋に手を入れた。

「え~っと、これは……」

 まず取り出したのはJRRのロゴが入った金属の箱。その下には……おお!!

「新年水溜まり弁当だ! しかも三つも!」

 そういえば父にお土産を頼まれていたのに、すっかり忘れていた。冷蔵庫に入れていなかったが、今は真冬だし部屋に暖房もつけてなかったから問題あるまい。お土産はこれに決定だ。

 たぶんこの弁当が上原さんの言っていた”色”の部分だろう。

「てことはこっちが……は?」

 先に取り出した金属の箱を開けると、透明な小瓶が二つとやたら綺麗などんぐりが十個。

 思わず天を仰ぐ。天井に止まっていたてんとう虫が飛んでいくのが見えた。ギャラ音頭もピタリと止まる。  

 なんだこれ。俺、リスかなんかだと思われてる?

 

 なんて冗談を挟んで心を落ち着かせる。もう一回、箱を閉じて開けてもやはりそこにあるのは小瓶とどんぐりだった。

「これだもんなぁ。現物支給は止めてくれって魔女協会経由でお願いしてるのに」

 もちろんただの小瓶ではないし、どんぐりもそれなりの価値がある。

 小瓶は草原の夜風と大空の春風を閉じ込めたものだし、どんぐりは甘酸っぱい妖力の蜜が見た目の百倍は詰まっている。こっち関係のお店で買うとなると小瓶は一つ八千円で、どんぐりは一つ千三百円くらいだろう。

 ただし、魔女や業界関係者に特別需要があるのかというとそうでもない。しかも一般人にはただの小瓶で、ただのどんぐりでしかない。つまりお金に変えるのが非常に難しい代物というわけだ。

 もしかするとお年玉で浮かれている近所のガキんちょたちであれば買ってくれるかもしれないが、竜胆家の末っ子が子供相手にあこぎな商売をしていると噂がたちそうで怖い。

 というより彼らの貴重なお年玉を搾取することなど俺にはできない。だって、お年玉は小さな夢を叶えるために与えられる親心の結晶だろ。

「どうするべきか。魔女大同期会の会費は五万もするんだよなぁ」

 昼間の仕事で稼いだお金もあるのだが、それは生活費だから手を付けられない。

 貯金? 馬鹿言っちゃいけない。そんなもの俺が新しい魔法を覚えるくらい高難易度の行いだ。

 本当は会費が高すぎるから同期会は欠席したい。年々如何わしい飲み会になっていっているのもちょっと嫌だし。

 でも来なきゃ同期全員で呪うって脅されているしなぁ。四十代の魔女になったあいつらの呪いなんて、きっと毎日ケツの穴が一ミリずつ切れていくとかそういう尖った呪いに違いない。絶対に嫌だ。

 あと口実とはいえ俺の誕生日会も兼ねてるってのがなぁ。毎年、魔力の宿った何かをくれるんだ。だから何だかんだで毎年参加している。

「どうやって小瓶とどんぐりをお金に変えようか」

 しばらく悩んでいたら、蝶々がやって来た。僅かな窓の隙間から強引に侵入してきたそいつは、青黒色の羽根をヒラヒラさせて俺の顔の位置までやって来る。

 そのまま俺と向き合うよう垂直になった蝶々。その隣にはさっき飛んでいったてんとう虫がいる。

「よぉ、万年見習い。こいつから聞いたんだけど、いいもん持ってるらしいじゃないか」

「は? いや、初対面だろ。失礼なやつだな」

「事実じゃねぇか。それともゴキブリのアイドルかカブトムシのライバルの方がよかったか?」

 ニヤニヤ顔で嫌なことを言う虫め。

「お! いいじゃんいいじゃん、旨そうだなぁ。おい、見習い。このどんぐりくれよ」

 くれよと言いながら、既にどんぐりにベタベタ触っている厚かましいこいつは妖精。蝶々の妖精だ。

 この世界では妖力や霊力を持った虫のことを妖精と呼ぶらしい。俺のいた世界とはだいぶ違う。

「それは明日の飲み会代に変えなきゃいけないんだ。お前、日本のお金を持ってるのか?」

「いいや。そんなもん妖精が持ってるわけねぇだろ」

「じゃあやれないな」

 俺は妖精からどんぐりを取り上げた。

「あ~あ、やだやだ。見習いはケチだな。普通の魔女なら好きなだけ持ってけって言うぞ」

「それは余裕があるからだ。俺にはない。見ろ。四十六にもなったってのに俺は両親からお年玉をもらってるんだぞ」

 枕元に置いてあった例の封筒を見せつけてやる。案の定妖精はうわぁって顔になった。

「お前……噂以上にヤバいやつだな」

「うるさい」

「分かったよ。なら俺の燐粉と交換でどうだ?」

 哀れみの視線が突き刺さる。ついでに、てんとう虫からも可哀想なものを見たという雰囲気が漂っていた。おそらくこいつも妖精だろう。

「妖精の燐粉か」

「言っとくけど、俺はなかなか珍しい蝶の妖精なんだぞ。本当は初恋どんぐりなんかじゃ釣り合わないけど、お前可哀想だからな。特別だ」

 虫に可哀想って言われた……ええい、本当かどうか知らないがそこまで言うなら乗ってやろうじゃないか。

「よし、交渉成立だ。何個いるんだ?」

「こいつの分と合わせて八つ」

「ん? 八つでいいのか?」

 てっきり全部寄越せと言われるかと思ったのに。

「欲しいは欲しいけど十個は運べないからな」

「そうか……じゃあ、またなんか必要になった時は力になるってのはどうだ? 燐粉、貴重なんだろ? 俺は用意できなくても魔女の知り合いは多いから」

「そりゃいいや。無理難題吹っ掛けてやるから覚悟しとけよ」

 妖精はキシシっと笑って紙袋の底が隠れるくらい燐粉を落とすと、ティッシュに包んだどんぐりを持って飛んでいった。帰りは窓をしっかり開けてあげた。

 去り際にてんとう虫も小さな塊を俺の手に落としていった。小さな声でありがとうと聞こえたような気がする。

 棚から空き瓶を取って燐粉を入れる。てんとう虫の塊も同じようにして眺めてみる。

 

「ただの綺麗な燐粉と虫の分泌液が固まったものにしか見えないけど……」

 妖精図鑑や素材図鑑を見てもよく分からない。念のため昆虫図鑑にも目を通したが分からなかった。

 こういうことは母に聞いてみよう。

 俺は新年水溜まり弁当を持ち、リビングで母の帰りを待つことにした。

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     いや、待て、落ち着け俺。 まずチンコロは違う。別に俺と阿叢で悪巧みしてたわけじゃないんだから正しくは通報……それにしたって俺を放置してそんなことするか普通。 あ、サイレンが止まった。  速すぎる。阿叢が電話を切ってからまだ一分も経ってないのに。「安心しろ。この国一番の正義の味方を呼んだから何の問題もない」 爽やかな笑みを向けてくる阿叢に目眩がした。馬鹿じゃないのか。問題だらけだろ。そもそも俺が助けてくれと言ったか? いいや、言ってない。 しかもかなりデリケートな告白だったはずだ。それを本人の了承もなしに秒で騒ぎにするとは何事か。  まあ全部嘘だからいいものの、もし本当だったら俺のメンタルはめためたになって二度と元に戻ることはなかったかもしれない。 良いことをしている。可哀想な人を助けている。そんな気持ちが透けて見える阿叢の顔。これっぽっちも悪気はないのだろうが、それこそなおタチが悪い。 ご飯をくれるからっていい人だと思った俺が馬鹿だった。こいつはエゴの塊だ。 あああ警察だなんて急展開すぎる。  こうなったからには嘘を真にする他ない。悪いが校長には社会的に死んでもらおう。そうだ、いっそのこと毒薬ばらまき事件も校長の犯行にしてしまえ。 お、そう考えれば結果オーライかもしれないな。不思議と怒りが感謝へ変わっていく。 そうと決まればパンツの下にいくつかキスマークでも浮かび上がらせておこう。乳首にもピアスホールを開けて、如何わしいタトゥーをもう一つ腰に浮かべる。 校長の趣味は知らないが、社会的に抹殺するならこれくらい……いや、もう少し攻めるか?  あそこを変型させるように変身して、器具の部分だけ色を変えたら、あっという間に貞操帯の出来上がり。 それから俺のスマホ――はベリーが持って行ったから、阿叢に証拠だと写真を撮らせてSNSにアップさせる。おお、みるみる拡散されていくじゃないか。 怖いなぁSNSって笑 よし、これで準備万端だ。  さあ来い警察、俺の演技力で見事校長に濡れ衣を着せてやろうじゃないか。と意気込んだのはいいものの――「ここです! 竜胆さん!」 ――ん? 聞き間違いか? 今、阿叢が竜胆さんて言わなかったか? ここ我らが日本、日の元の国に竜胆姓は一血族のみ。何故なら母の紫が父の勝三と結婚し、竜胆を名乗ることとなったときに、

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第25話 見習い魔女と優しい上級生

     てっきり学食へ行くのかと思ったら、阿叢はてんで別の方向へ進んで行く。「え? あの先輩、学食はこっちじゃないですよ」 「黙ってついて来い!」 「は、はぁ……」 どうしたんだろう。まさかその歳で、学校でウンコしてたのがばれて恥ずかしい、とかじゃないよな。『違うよ、さっき白緑がえへへなんて言ったからだよ。すっごく気持ち悪かったからねあれ。オッサンが使っていい言葉じゃないんだから。いい加減年相応になろうよ』 うるさいな。見た目が若いんだから年相応だろうが。それに吸血樹鬼の四十六歳なんて人間で換算すればまだまだ幼児だ。ばぶばぶ言ったって何の違和感もない。『あ、そう。じゃあオムツになってあげようか?』 続けて精神は人間と同じ早さで成長するくせに、とぼやかれた。 何て言い返そうか考えていたら阿叢が止まりこっちを向いた。ここは……北校舎裏のギロチン置場か。「お前、上反りフランクだなんてどういうつもりだ? 脅してるのか?」 ……はて? 俺がおねだりしたのはイベリスフランクであってそんなヤル気満々な雰囲気のフランクじゃないんだけど。 困惑していると阿叢の睨みが一層鋭くなった。その殺意バシバシさは、さすが滅殺と名の付く学科に在籍しているだけある。「上反り? いや、俺が食べたいのはイベリスフランクなんですけど」 「だからそれは上反りフランクじゃないか!」 まるで意味がわからない。そもそも上反りフランクをおねだりしたからってなんで脅しになるのか。「お前も校長みたいに俺を脅して無理矢理――」 ええっ!?  ま、まさかそういう……だから上反りとかフランクに敏感なのか? 嘘だろ。こんな聖人を育成しますみたいな学校の、それこそ聖人のような校長が生徒に……はっ!?「ちょ、まっ、先輩! なんで手に霊力集めてるんですか!?」 信じられない量の霊力が圧縮されていてバチバチ、バリバリ嫌な音が鳴っている。『え、なんで? 白緑なにしたの?』 『何もしてない。こいつが勝手に勘違いして勝手にキレてんだよ!』 あああああ、これはあれだ。ヤられてるのがばれたから殺りにきている。きっと槍を作ろうとしてるんだ。阿叢は槍投げの選手だからな。去年インターハイで優勝したとも言ってた。「優しくしてやったのに最低だなお前」 ほら見ろ。殺意たっぷりの霊槍を作りやがった。しかも切っ先を

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第24話 見習い魔女と聖職者の庭

     目指すはご近所さんの学校。その名も日本退魔師大学附属聖ロキロキロ学園。 伴奏はすべてマイナーメジャーセブンスコードの高速連打という個性的な校歌をもつ、小中高一貫の聖職者育成学校である。校訓は悪魔討つべし魔女殺すべし。     その過激な校訓とは裏腹に、何故か俺にはまったく気付かない。教師含め未熟者ばかりで逆に心配になるくらいだ。 実は俺、校庭の樹木や学食目的で何度もここに忍び込んでいる。ベリーの言ってた気になる食堂ってのがここの学食で、三十円のぎりぎり定食という色んな意味でぎりぎりの定食がコスパ最高なんだ。 これを買うと生徒の皆がおかずを分けてくれるし、同い年かちょっと歳下の学食のおばちゃんもサービスしてくれる。さすが心優しき聖職者の卵たちとその関係者。 でもまあその度に「貧乏な新入生可哀想」みたいな目をされるが俺はまったく気にならないし、嘘も言ってないから心も痛まない。俺自身が貧乏なのは事実だし、ちゃんと”侵”入生ですって自己紹介したからな。意味を勘違いしたのは奴らの方だ。 そんなわけで先ずは忍び込み慣れてる高等部からにしよう。「ベリーはいつもみたく制服になってくれ。シラーは財布だ」 『オッケー』 「かまいませんが、中身が空というのはリアリティに欠けますし財布のプライドが許しません。一万円……いえ、三千円でいいので入れといてください」 は? 猫ばば確定なのにそんな大金入れるわけないっての。そもそも財布のプライドってなんだ。じゃあいつも五百円しか入ってない俺の財布はどうなる。「三百円だ」 「やれやれ、ケチ臭いですね」 ケチなもんか。それだけあれば 一ヶ月は満腹を維持できる。あっちの世界と違ってこっちは砂糖がすこぶる安い。三百円もあれば砂糖水という素晴らしいご馳走を毎日楽しめてお釣りまでくるじゃないか。『今さらだけど、いい歳のおじさんが高校生の振りってどうなの? 図々しくない?』 「図々しくない。俺は老けない体質だから実質高校生だ。それに木を隠すなら森の中、だろ?」 「せめて稼ぎだけは歳を重ねて欲しいものですね。なんですか三百円って。嘆かわしい」 うるさい――っと、今はそんなことどうでもいい。とにかく毒薬を探さねば。 ほぼ無い魔力を使い魔法を発動、くるくる蓑虫を召喚する。この虫はあらかじめ伝えておいた探し物に近付くと、手元に引き

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第23話 見習い魔女と反抗的な使い魔

     ジャックが大きな溜め息をついた。「白緑よ、我としてはずっと側にいられて嬉しいのだが、その……」 「なんだ?」 思えばジャックと幽霊たちに身の回りの世話をしてもらうのもすっかり慣れてしまった。上げ膳据え膳生活の快適さよ。 それによく考えればジャックは元々ゴキブリじゃないんだし、直接触られるわけでもない。もういいだろうと思えてきた。「我に身を委ねておるし、毎日下着姿で眼福ではある。外出も夜中に樹液を吸いに行くだけであるし、我はこの上なく幸せだ。だがな、そろそろまともな生活をだな……」 なんだよ。やる気が無いときはこうするのが一番なんだ。薬局のバイトは良司さんに引き継いだし、見習いの仕事も声がかからないんだから、まともじゃない生活だろうが別に問題ないだろ。仕方ないことなんだ。「ジャック、あなたは白緑にすべてを捧げる契約をしたのです。何も言わずただ白緑に従っていればいいんですよ。ああ、ワショク、次は辛口の日本酒。つまみはエイヒレで」『そだよぉ。一日中ネトフーリで動画見ながらおやつを食べることが今のぼくらの仕事なんだもん。あ、チューカくん、ごま団子おかわり。それからフレンチちゃんはチョコの盛合せ追加ね。イタリアンは三段ケーキお願い。生クリームたっぷりだよ』 ペンギンの可愛らしさを捨て去った酒臭いシラーと最近テカリを帯びてきたベリーが俺の代わりに返事をする。 二人はふわふわ浮かんでいる。それは醜く肥大化し過ぎたせいでことあるごとに何かにぶつかるため、ついに生活圏を空中に移したからだ。もちろん浮力はジャックの力。浮かび上がっているのに堕落という、表現の難しい光景。 ああはなりたくないものだ。  かくいう俺もダラけてはいるものの、最低限の自己管理はできている。「だが、さすがにこの状態は良くない。不潔かつ不健康、なにより迷惑だ」 ネクロマンサーでゴキブリの肉体をもつヤツが何を言ってるんだろう。お前はそういう環境を好む種族じゃないか。それに存在するだけで世界中に迷惑をかけているのはそっちだ。 だいたい俺は不潔でも不健康でもない。シラーと違って毎日風呂に入ってるし、ベリーも洗濯してもらっている……まあ、ぬるぬるするからあまり着る気にならないんだけど。「良司のこともだ。最近ますます反抗的になっているではないか」 それはそうだが、良司さんの感じから察するに

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第22話 見習い魔女とネクロマンサーの吊り橋

     ジャックの放つ光は近付くにつれて強烈になっていく。 こ、これ、ひ弱な人間なら灰になってるところだぞ。ジャックのやつめ、愛しいとかほざいておきながら殺しにかかってるじゃないか。だからネクロマンサーは信用ならないんだ。「く、くそう……」 はっきり言ってどうしていいか分からない。ベリーを頼ろうにも、さっきの言動のせいかジャックに力を貸してやがる。俺の魔力を奪いジャックへ流し込む非道さ。最低なやつだ。 シラーはシラーで苦しそうにしながらもニタニタと俺を見てくる。同じく魔力を……まったくなんて薄情なんだ。俺の使い魔のくせに信じられない。性根が腐りきってる。「イトシイ、ミドリ……」 とかなんとか考えているうちにジャックの手が顔の前まで迫っていた。 ああ、もう駄目だ。真なる魔女になって親父に褒めてもらいたかっただけなのに、異世界に飛ばされて使い魔に裏切られたあげくネクロマンサーに殺されるなんて。 眩しさと諦めで目を閉じれば、思い出が走馬灯のように駆け抜けていき、最後にヘラヘラ笑って俺を抱き締めようとする親父と不満そうな緑色のちんちくりんの姿が浮かんだ。 短い人生だったな……「ふはっ。目を開けろ白緑」 死を覚悟して来世はどんな種族がいいかと考えていたらジャックが吹き出した。まともな声に戻っている。 恐る恐るだが言われたとおり目を開けると、ジャックはしてやったりといった顔をしていた。「え? は?」「どうだ白緑? 恋に落ちたのではないか?」 はあ? 「ドキドキしたであろう? その胸の高鳴りは我に恋しているからなのだぞ」 どういう思考回路してんだコイツ。今の状況でどうやったら恋に落ちるってんだ。なんだ? ゴキブリの求愛はこうだってのか?「これはかの有名な――」 この時代、誰でも知っているであろう吊り橋効果のことを大発見のように説明していくジャック。さっき紹介された料理人の幽霊たちが感銘を受けたよう表情でジャックを持ち上げている。 わざとらしいことこの上ない。ていうかそんな説明したら吊り橋効果は無意味なのでは……。「え、なになに? もう終わりなの? なんだつまんないなぁ」 良司さんが心底つまらなそうな顔で部屋を出ていった。 うむ、あの態度はなんなんだろうか。実は良司さんて性格に難ありなのかもしれない。内緒話もすぐバラすし。「四十歳越えの未

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第21話 見習い魔女と悪の一族

     その老人の正体っていうのが――「母なんです」 「えっ!? 紫さん!?」 信じられないのも無理はない。良司さんは母の美しい部分しか見ていないのだから。「今でこそ穏やかな感じですが、母は結婚を期に引退するまでバリバリの悪い魔女だったんですよ。白雪姫をブチ殺すよう唆した魔法の鏡の中の人だったり、ヘンゼルとグレーテルとか、いばら姫とか……とにかく童話とかそういうのに出てくる悪い魔女は全部母だと思ってもらってかまいません」 そう、竜胆家は由緒正しき悪の一族なのだ。 因果は巡る糸車、かつて母が陥れた者やその子孫たちは、竜胆家が母の血筋だと知ると即報復を企てる。 中でも強烈だったのがヘンゼルとグレーテルの子孫。軍の秘密部署に所属していた奴は、あろうことか我が家に向けて魔女浄化ミサイルなるものを発射しやがった。 それにいち早く気付いた当時まだ学生だった姉、黃壱がぶちギレ。烈火の如く反撃した結果、ミサイルが七百個複製され奴の母国上空へ瞬間移動、エ●ァンゲリオンも真っ青な大爆発を起こした。 当然、国際問題に発展した。 しかし何をしたのか知らないけど、両親が奴に全責任を負わせたお陰で、黃壱は同族浄化という大罪を逃れることができた。 ただ俺としては、黃壱がどこかの監獄にでもぶち込まれてくれた方が嬉しかった。なぜならその後、そういう奴らを見つけ出しては喧嘩を吹っ掛けるようになった黃壱の巻き添え食らう羽目になったからだ。 今思い出してもゾッとする。どいつもこいつも反撃のためには手段を選ばない異常者ばかりなんだもん。「それで、母はまだ魔法のハープを愛用してまして……ほら、母の部屋へ行った時、音楽が流れてたじゃないですか。あれがそうです」 「そういえばそうだったような……」 「あれを返す気なんてさらさらない母は、退魔師に扮してジャックを封印したんです」 人間による真実の愛のキスで封印が解けるなんてやはり母も昔の感覚が残っていると思ったが、よく考えればゴキブリにそんなことする人間が現れるとは思えないから、やはりえげつない封印だ。「もしかして白緑君って、他にも童話の裏話を知ってたりする?」 「まあ……こういう類いの話は絵本がわりによく聞かされたので」 にしても迂闊だった。ネクロマンサーのゴキブリと知った時点で気付けるはずだったのに。豆の木も囓ってたわけだし……お

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第20話 見習い魔女と本当はヤバいジャックと豆の木

     まずなにから話そうか……そうだな、ジャックのその後からにしよう。 盗みを働いたあげく巨人を殺したジャックは、金や銀を吐き出す袋に金の卵を産む鶏、そして魔法のハープでぼろ儲け。一目惚れした男爵の娘と結婚するため、金にものをいわせ、それはもう強引に婿養子となった。 あっという間に子供を二人もうけるも、妻には早々に飽きて、美しい侍女や爽やかで凛々しい騎士見習いを節操なく次々と囲い入れていった。子供たちにはデレデレだったらしいが、育児は妻と母に任せっきり。そうして好き放題のまま約三年ほど暮らしたという。 しかしある時、宝物が忽然と消えてしまった。また、災難は続くもので、空から巨大な木の根が顕れてジャックを館ごと引き上げていった。その際、逃げようとした妻と母、使用人たちが空に放り出され絶命。ジャックと子供たちだけが残された。 巨大な木の根が蔓延る雲の世界はかつてと違い、酷く荒廃していた。そこでジャックを待っていたのが巨人の娘。 実はジャックが殺した巨人は異世界の月へと繋がる門の番人であり、妻は月の精霊だったのだ。 当時は世界と世界の繋がりが不安定で、そういった場所は珍しくなかったらしい。 ジャックが盗み出した宝物は月の大精霊から門番夫婦に貸し出されていたもの。巨人の妻は贖罪として命を差し出し、同時に娘の命を救う願いに換えた。 当然、巨人の娘は復讐に燃えた。とある神直属の部下である緑色の部下たちの力を借り、恨みを晴らすべくジャックを捕獲した。だが家族の死に涙する仇を前にした彼女は冷静であった。自分がされたようにジャックの家族を奪い、我に返ったのだろうか。 巨人の娘は両親の墓前で謝罪し宝物を返せば、子供たちと下界へ帰すと言う。だがジャックは既に宝物を失っている。 結局ジャックは許されなかった。 毎日目の前で少しずつ肉を削ぎ落とされる我が子ら。空腹はその肉で満たされ、喉の渇きはその血で癒された。 子らの解放と自らの死を懇願し続けながら、すっかり二人を食べ終えた頃、今度は転生する度に一切の幸福を得ることなく、必ず転生者した家族を巻き込んで苦しみと後悔溢れる人生を送る呪いをかけられた。解呪するには、やはり宝物を返すしかないらしい。 ジャックは絶望のまま死を迎えようとしていた。 そこにひょっこり緑色の悪魔が現れる。道に迷ったと言うそれは、歌って踊る陽気な悪魔

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第19話 見習い魔女とジャックの思い出

     目が覚めると憎き親友たちはいなくなっていた。そりゃそうか。一週間も寝てたらしいからな。 幸い”私”を保ったまま意識を失ったので秘密は守られたままだ。良司さんとベリーに聞いても目が覚めるまで”俺”に戻ることはなかったという。 ちなみにシラーは未だ便器とランデブーしてるらしい。それから盗撮の類いの魔法が心配だったので、今ジャックに確認してもらっている。 あいつらはいつだって誰かの弱味を握って危険な仕事をさせようと企んでいる。それも無報酬で。俺も何度危ない橋を渡らされたことか。ていうか橋すら無かったこともある。あのときは絶望したなぁ……。 ただまあ、今回はなんだかんだで楽しかったし、なにより魔力が半分ほど回復しているという、いつぶりかの状態の良さ。感謝しておこう。 最悪の味という欠点はあるものの、この世界にこれほど魔力が豊富なものが存在していたとは。確か万年ウミウシとアホ人魚だったか?「図鑑、図鑑……っと………あっ」 調べてみようとベッドから降りて思い出した。なぜ爆破したはずの家やジャックが無傷なのかを。 ちょうどジャックが戻ってきたけど、それとなく腰に手を回されそうな気配がしたので良司さんの後ろに隠れる。「心配していた魔法も機械もなかった――なぜ離れる?」「俺にゴキブリとイチャつく趣味はない。ていうかなんで無傷なんだ。家も、お前も」「あ、それは僕も気になってた。家がなくなったから別荘に引っ越さなきゃって思ってたんだよ」 べ、べべべべ別荘!? 今、別荘って言ったのか!?「……持ってるんですか?」 ゴクリと喉が鳴ってしまった。「うん。ブライトンとブリュッセルとウィーンとサンフランシスコに一軒ずつね」 四軒!? しかも海外!? JRR職員とはそんなに儲かる仕事なのだろうか……。「ほう、ブライ

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